三十路だけど公務員辞めてきた。

30歳にして市役所を退職した元公務員のブログ。主に役所の裏側や退職について。

教育と指導もないまま責任と結果だけ求められる若者の話に共感した。

「もっと若者にやさしくしてほしい。」という記事。

www.zerogamaru.com
同意し、共感したた部分がいくつもある記事でした。

記事ではハロウィンで暴徒化する若者を諫めつつ、一方で暴徒化しかねない若者の往き辛さや苦しみについて分かりやすく述べています。

この記事を書いた方や記事中にて紹介されるご友人たちは、ハロウィンで暴れるような輩たちとは種類が違うと思いましたが、彼らが苦しんでいる様子が伝わってきました。

「責任」の割に薄い給与

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薄給で責任だけ押し付けられて、いいようにこき使われてます。

「こき使う」というよりは、たぶんマネジメント不足や気配り不足で、思い付いたことを取り敢えず若手に振っているような状況なのでしょう。

だから本来よりも余計な業務が増えて、貰う対価以上の苦役を味わうことになる。

末端の人間の努力や勤勉さに依存して搾取するようなやり方は、私も嫌いです。

少し前にも「経営者目線」という言葉が流行りましたけど、ああいうマヤカシを仕事に持ち込むのは不誠実な気がします。

集団の中のそれぞれの役割が混じるという事に対して、凄く違和感を感じます。

個々の役割がはっきりしていて秩序だっていないことが気持ち悪いというか。

真面目で優秀な若者ほど消耗すると思う。

それなのに安い給料で酷使されて、成果が出たら会社の手柄、成果が出なければ自己責任。

真面目な若者ほど、自分の職務や責任を果たそうと奔走します。現場で出来る限りの努力をします。

結果として、上司や管理職は責任を負う心配があまり無いんです。形式上、責任者になっているだけです。

個人が仕事を抱えがちな職場こそ、こういった傾向に陥りやすいです。

上司が仕事内容を把握していなくても、取り敢えず現場が回るような場所は特に。

それもこれも、記事中に出てくる若者たちが、最前線で必死に耐えてくれてるからです。

「見て盗め。」「俺たちの時代の方が大変だった。」

人手不足のせいで現場は疲弊して、ろくに教育も受けれず、結果だけを求められ、結果が出ないと責任を取らされる。

特に共感したのがこの部分です。

社会人になって、「モノを教えるのが下手な人」「そもそも教えたくない人」がけっこういるのだなと思いました。

「自分の取り巻きにしか教えない人」とかね。人様から給料を貰っている大人がやることじゃないです。


あとは「教えない、教わらないこと」をカッコイイと勘違いしている人

「見て盗む」とかマンガの世界じゃないんだから、お願いだから現実に帰ってきてください。


「苦労して覚えた方が身に付く」「俺の時の方が大変だった」

そんなの自慢にならないんです。そして成熟した大人は自分が体験して嫌だったことは他人に対してしないのです。

そんなのは私の感覚からしたら、「煙草や薬をやるのがカッコイイ!」と言っているのと同じです。


教育制度を批判するつもりは無いのですが、公的教育制度が整っていることが逆に、「伝えていく」「継承していく」という意識が個々人から抜け落ちる原因になっているのかも知れません。

明治以前は、どんなさびれた田舎でも、各々の藩校や寺子屋で優秀な若者を自力で育てなくてはいけない世の中でした。

国庫支出金が無い替わりに、「自分たちのことは自分たちで何とかする。」という覚悟と気概があったはずです。

だからこそ、松蔭先生と松下村塾の門下生たちのよう人々も現実にいたのでしょう。

それでも希望はある。

今の若者、特に20代、30代は、このままじゃ何かヤバいということに薄々勘付いていると思うんです。

もちろん年齢や年代で一律に区切り、レッテルを貼ろうという気はありません。

あくまで個人の感覚ですが、若手といわれる人々は上記のことに気付いていて、それらを更生しようとする動きの中に既にいる気がします。

浄化作用といったら大げさですが、「良い方向に持っていく流れ」はいずれ来ます。