三十路だけど公務員辞めてきた。

30歳にして市役所を退職した元公務員のブログ。主に役所の裏側や退職について。

「あんなに頑張っていたのに...。」←だから疲れたんだよコッチは。

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私の退職する旨を伝えた際に、よく言われた台詞の一つです。

「あんなに仕事に一生懸命取り組んでいた〇〇が、まさか年度途中で退職するなんて思わなかった…。」という意味で言っているのでしょう。

しかし私からすれば、一生懸命取り組んだ(取り組まざるを得なかった?)だけで、苦労の割には得られるメリットが少ないと感じたからこそ、辞める決断をしたのです。

報われない日々

自分で言うのもなんですが、始めてで不馴れな業務の割にはよく頑張ったと思います。

異動するたびに慣れない業務で悪戦苦闘することに対しては、これまでの経験で多少は慣れていたつもりです。

しかし、自分の努力やコントロールの及ばないところで想定外に苦しめられるとは思っていませんでした。

 

かつての私のように「頑張る」人は、きっと組織によっては都合がいい人材でしょう。

対処できないのは自分の力量不足であると、個人の責任だと思って一生懸命仕事に取り込み、頑張れば頑張るほど一つの世界しか知らなくなる。

月日が流れ年齢だけ重ねますが、何か特別な技能が身に付く訳ではありません。

一つの世界以外ではつぶしが訊かない存在になります。

そこまで行けば、どんな環境になっても手足のごとく働いてくれる都合の良い働きアリの完成です。

高い頻度の異動も、「一か所で慣れさせず、必死になるタイミングを意図的に作ることで、奴隷を作るにはちょうど良いスパンなのだな。」と思えるようになりました。

今回の退職を決めるまでの日々も、かつての私のように「頑張る」自分だったら乗り切れていたかも知れません。

しかし、今とこれからの公務員生活に疑問を持ってしまった自分には、そもそも我慢して耐えようという気が起きませんでした。

違う努力の方向性を知った

かつて在籍していた別の部署でも、所属する課全体の業務量が増えたことで、自分の担当する業務量も一気に増えたことがあります。

当時は、平日は平均して毎日8時~9時ぐらいまで一人で残業をし、土日や祝日も半分ぐらいはヤミ出勤をして何とか仕事を終えていました。

しかし業務の性質上、「人の役に立っている」という実感があったので、何故か途中で投げ出す気にはなりませんでした。

 

その時は若さと根性で何とか乗り切りましたが、さすがにその1年で大分ストレスが溜まり(人間関係のせいもあり)、年度末の頃には始めて本気で“仕事を辞めたい”、と考えるようになりました

結果として私はその次の4月に別の課に異動し、身心を救われることになりました。今とは逆の状況です。

またその頃から、主にブログや自身を発信することで生計を立てる人々の存在を知るようになりました。

自分と対して年の変わらない若者たちが、ブロガーや個人事業主、ときにはユーチューバーとして自活している様子を見て、自分のビジネスを持つ姿勢に素直に感心しました。

「あの1年に休日出勤していた時間を、ブログやアフィリエイトに費やしていたら、きっと今頃太い生命線になっていただろうなぁ...。」ということを考えました。

そういった違う努力の方向性を知ってしまったことで、以前の自分とは異なる思考をすることが出来るようになりました。

一生懸命やるほど損

公務員は一生懸命仕事をすればするほど損」とは良く言われます。

 適当にチャランポラン仕事をしている人の方が、むしろ現状の快適な職場に残りがちになります。

自分にもそういう時期はあったので、偉そうなことは言えませんけどね。

 

たいして誰も見る訳でもない会議の資料作成意義不明な調査のような業務があります。

これらの業務は世間では「生産的でない」と言われるかも知れません。

逆に言うと、生産的なことをしなくても我々は給料を貰うことができます。

 

しかし上記のような面倒くさいだけの業務も、「誰かがやらなくてはいけない業務」です。

ただ、誰かの代わりにそういった業務に取り組むことで自分の大切な時間を消費してしまうことに対して「本当にこのままで良いのか?」という疑問を持つようになりました。

そして、そういった「役」の振り分けも、ほぼ運に依るものです。「置かれた場所で咲く」と言えば聞こえは良いですが、「一生懸命やるだけ損」という言葉も常に頭を過ぎります。

 

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